金魚ちゃんは青羊の夢を見るか?

まだまだ下手で、ビフォーアフターも劇的に変わっている訳では無いけど、少しずつマシになっているかなと。

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小中学生の頃の昔話3 運動会の思い出話2

自由ダム」が更新されていて嬉しかった。今回はいまいちだったけど好きな作品です。
つくすん先生が毎年眼鏡FAを投稿されていたけど、∞タグはついていないのだな・・・ふーむ。

もうぼちぼち運動会や体育祭が行われた学校もあるのかな?暑い中の練習が大変だったなぁ。
あ、でも春に行われる学校もあるんですよね。どちらでしたか?僕のところは毎回秋でした。

五年生と六年生の時、運動会では用具係に立候補していろいろと先生の手伝いをしていた。
ゴールテープを持ったり、徒競走の旗や玉入れの籠などを運んだり、テント設営をしたり。
裏方作業が好きだったのと、ただ参加するよりも運営側に回るのが楽しかったのだった。
玉入れの籠がついた棒を支える作業はなかなか大変だったな。ずっしりと重いお手玉
頭や身体の上にぼたぼたと落ちてきて痛かった。たしか二人一組で支えていたのだけど、
思わず力を抜きそうになってしまって「まずい、今手を離すと籠から玉がこぼれてしまう!」
と必死になって支えていた。玉を数える時は籠から玉を取り出し空中に高く投げるのだけど、
みんなの注目を浴びるのが気持ち良かった思い出。当時は目立ちたがり屋だったのです。
劇でもよく役に立候補して・・・と、これは以前書いたような気がするな。あ、書いてました。
この時も運動会の事を少し書いているな。http://rm307.hateblo.jp/entry/2015/04/25/235930

中学生の頃は居残って準備したり無駄に動いたりするのが嫌だったので何もしませんでした。
中学生以降の体育祭は嫌いだったなぁ。一番嫌だったのが応援団との応援。普段不真面目で
ちゃらちゃらしているような連中が張り切って、居残りをさせて執拗に声出しを強要する。
僕はそこそこにやっていたけど、大きな声を出すのが苦手な子は槍玉に挙げられたりしていた。
・・・うーん、僕もちょっと辛辣だろうか。しかしああいう体育会系のノリは嫌いだったな。

あとは炎天下の中、行進の練習を何度もさせられ、先生が気に入らなかったらやり直し、
人格批判まではいかないにしても、これぐらいできないとどうのこうのという鬱陶しいお説教。
これは経験のある人が多いんじゃないかなぁ。担当していたのは特に嫌いな生活指導の先生。
いやはや、教師という人種はこと行事に関してはなぜあんなにうざったくなるんでしょうね。
これもちょっと辛辣だろうか。まぁ良いか。という事で今回はここまでです。それではまた。

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